『催眠聖女 ローザ・フェアリー』(28)


 セラが目覚めたと聞いて、町長や神父を中心に町の人間達がセラのいる病院に訪れてきた。 
 町の人間たちはカグラに操られてセラを襲った記憶は無い。 ローザから話を聞いて自分たちが操られてセラを襲ったことを知ったのだった。 

 「セラ、色々と迷惑をかけてすまなかったね...... まさか操られてセラを襲うなんて、今でも信じられないよ...... 町の住民を代表して謝罪しにきたよ...... 本当に申し訳なかった」町長は目覚めたセラに深々と謝罪した。  

 町長が詫びると、セラは首を横に振った。 「謝る必要は無いわ。 みんなは操られていただけなんだから、悪いのはカグラであってみんなじゃ無い。 だから気にしないで......」セラは申し訳なさそうにしている町長を気遣った。

 「セラ...... 私も何も覚えていないのだが、シスターローザから、私の命の危機を救ってくれたそうだね。 君がいなければ、私は今頃死んでいたとトキロウから聞いたよ。...... 感謝の気持ちと申し訳ない気持ちで、なんと言ったら良いのか......」カグラに『鬼化象転の術』をかけられ、鬼と化して命の危機に晒された神父をセラは救った。 しかし町長同様、神父も何も覚えていなかった。 セラたちを襲い、セラに命まで助けられてしまった神父は罪悪感でいっぱいだった。 

 「神父様が無事で良かったわ。 私はみんなが無事でいてくれればそれでいいの。 だからあまり責任を感じたり、自分たちを責めたりしないで...... 今まで通りにしてくれればいいから......」セラは町長や神父を気遣った。 彼らには何の罪もないことは重々承知している。 セラは皆が無事だったことで満足だった。

 「セラ...... 本当にすまない...... 君にそう言ってもらえると救われるよ......」町長と神父はセラの優しさに救われた気がした。 一切自分たちを責めないセラに心から感謝した。

 「町長さんも神父様も謝る必要は無いですよ。 悪いのは僕の母さんなんですから!! 僕の方こそ、みんなに謝らないといけないんです。 母が皆さんに迷惑をかけて、本当にすみませんでした......」トキロウは町長達に謝罪した。

 「いやいや、トキロウが謝る必要はないよ。 トキロウやセラが我々を巻き込みたくなかった事は理解しているから。 これからは我々ももっと用心しないといけないと思っているよ。 見知らぬ人間がこの町に潜伏していたことに気づかなかった我々の責任でもあるから......」カグラの部下が潜伏していたことに町の人間は誰も気づかなかった。 唯一疑っていたのはセラだったが、トキロウも含め町の人間達はあまり信じてはいなかった。 

 「まさか、母さんがここまで追いかけて来るとは考えてもみませんでした。 僕が母さんを甘くみていたばかりにこんなことになってしまって...... 今回の一件で母さんの執念深さを思い知りました。 自分の母親ながら、本当に恐ろしい人間です。 これからはもっと用心しようと思ってます」トキロウは自分の考えが甘かった事を反省した。 もし自分がもっと用心していれば、町の人を巻き込まずにすんだかもしれないと...... カグラの執念深さと恐ろしさを改めて思い知った。

 「トキロウ...... その事なんだが、またこの町に来ると思うかね?」

 「母さんの執念深さを考えると、また世羅子を狙いにやってくるのは間違えないと思います。 ただ、いつ来るかの予想は難しいです...... 日本で態勢を整えてすぐにやってくる可能性もありますし、しばらくはやってこない可能性も考えられますし、正直僕もわかりません...... 世羅子はどう思う?」トキロウは明確には答えられなかった。 しかしカグラが再びやってくることは間違えないと思っている。
 
 「カグラはまた必ずやってくるわ!! ただ、私は当分来ないとは思うけど......」

 「どうして当分は来ないと思うんだい?」

 「カグラは私を確実に倒せると確信するまでは来ないはず。 おそらく日本に帰って修行を積むと思うわ。 そして力を増して確実に私を倒せると確信した時、またやってくるでしょうね。 でも、力を増すにはしばらくは修行に専念すると思うから、数年は来ない可能性が高いわ」

 「数年かぁ...... 世羅子がそういうなら、その可能性が高いな...... その間に何か対策を考えないといけないね......」

 「今回でわかったように、どこに逃げてもカグラはどこまでも追ってくる!! だったら迎え撃つまでよ!! カグラが修行を積んで力を増すなら、私だって力を増さなきゃいけない。 ただ黙ってやられるのを待つつもりはない!! 私も修行を積むわ。 もうこれ以上、みんなを危険に晒さないためにもね」セラは力強く語った。 カグラがまたやってくるのなら、当然迎え撃つ覚悟はできている。

 「世羅子が力を増してくれて、母さんが諦めてくれるのが一番いいんだけどね...... なるべく平和的に解決できる方法をみんなで考えよう」

 「やはりまたやってくるのか...... 何か町のみんなで対策を立てないといけないな...... しかしこの町だけでは対策は難しいだろうから、後日首都に行って国王陛下に相談してみた方がいいかもしれん......」町長は再びカグラがやってきた時の対策を考えなければならない必要があると感じていた。 しかしカグラの力はこの町だけで対策をするのは難しいと思っていた。

 「確かにこの町だけでは対策をするのは厳しいと思います。 おそらく次にやってくる時には、もっと強力な配下を連れてくると思います。そうなれば、とてもこの町の人たちだけじゃ手に負えません。 国王陛下に相談された方が僕は良いと思います」トキロウも町長の意見に賛成だった」

 「それならアンソニーに相談してみましょう。 アンソニーはこの国の国防軍にいるから、きっと力になってくれるはずよ!!」

 「そうですね。 アンソニーさんに相談してみるのが一番良いと思います。 アンソニーさんは現場で直に母さんの力をみてますから、事情も理解しているでしょうし......」

 「では、私からアンソニーに話をしてみるわね。 それで良いかしら町長さん?」

 「もちろんです!! ぜひお願いいたします。 シスターローザが話をしてくださるなら心強いです!!」

 カグラへの対策はローザがアンソニーに相談することで一応まとまった。 しかしトキロウは何故か怪訝そうな表情をしている。 ローザはトキロウの怪訝そうな表情が気になった。

 「どうしたのトキロウさん? 何か心配事でもあるの?」気になったローザがトキロウに聞いた。

 「いえ、一つ不可解ことがあって、あの母さんが世羅子との戦いの途中で引き上げたことがどうしても気になるんです。 母さんの性格を考えると、自ら敵に背を向けるなんて行動をとる事はまずあり得ません。 それなのに、なぜ途中で引き上げたのか未だに理由がわからないんです......」トキロウはあれからずっと母カグラがセラとの戦いの最中に引き上げた理由を考えていたが、いくら考えてもわからなかった。 プライドの塊のようなカグラの性格を考えれば、敵に背を向けるなどまずあり得ない。 

 「確かにあの時のカグラの様子は明らかにおかしかったわね...... 何か別人のように邪気が消えていたわ。 一体、カグラの身に何が起こったのかしらね...... 私もそれは気になっていたのよ......」ローザもトキロウと同様に気になっていた。 特に引き上げる直前にカグラの様子が変化したことを疑問に思っていた。

 「世羅子の力が予想以上だったことで、簡単には勝つことは出来ないと思って引き上げたのか? それとも別の理由があったのか? 正直、僕には全くわかりません。 それに清々しというのか、あんなに清廉な雰囲気の母さんは初めて見ました。 ローザさんの言う通り別人になったとしか思えないほどです。 何かが母さんの中で起こったのは間違えないんでしょうけど...... それが一体何なのか?」 

 トキロウとローザは、色々と考えをめぐらせたが、結局結論は出なかった。 しかし、カグラが確実に再びやってくることだけは間違えない。 散々悩んだ末、今はその対応を考えることが先決である結論に達した。
  
 「そういえば一つ不思議に思ったのだけど、なぜトムにはカグラの術が通じなかったのかしら? 世羅子が町の人たちに襲われた時、トムがセラを助けたのでしょう? トムには術が効かなかったのね...... トキロウさん、なぜだかわかる?」ローザはトキロウにトムが術にかからなかった理由を聞いた。   

 「僕もそれが不思議なんです。 おそらく母さんは『馮眠の術』を使ったはずですが、あれは自分の法力を直接操る対象に送り込んで支配する術です。 それが次々と人に乗り移っていき、町の人たちをみんな支配したんです。 でも、トムも町の人と接触していたはずなのに、術にかからなかった理由は僕にもわからないです。 もしかすると、トムがもつ障害に何か関係があるのかもしれないです。 あくまで推測ですが......」

 「トムは耳が聞こえないから、術のかからなかったということ?」

 「それも一概にそうだとは言えないんですよ...... 『馮眠の術』は普通の催眠のように直接言葉を使わなくても相手を操る事ができます。 催眠法力を使って意思を相手の心に直に伝達させるからです。 だから耳が聞こえないトムでも術にはかかるはずなんですが、トムにはかからなかった。 もしかするとトムは母さんの送った意思が理解できなかった可能性があります。 トムの知的障害が幸いしたのかも......」

 「じゃあ、トムはカグラの法力を注入されたけど、カグラの命令が理解できなかったから術にかからなかった可能性があると言うことね......」

 「それもあくまで推測に過ぎません。 世羅子はどうしてかわかるかい?」

 「私にはわからないわ。 でもみんなが思っているより、トムはみんなの言っている事を理解しているわよ。 ただ、どう表現をしていいかがトムにはわからないの。 本当はみんなと仲良くしたいと思っているけど、どうしていいかわからない。 本当はすごく思いやりがあって優しい心の持ち主よ......」

 セラの言葉を聞いて町の人間達は思わず目を伏せた。 トムに対して後ろめたい気持ちがあったからだ。 障害があるため、町の人たちはトムを変人扱いして邪険にしてきた。 しかしそのトムがセラの危機を救ったのだ。 それにセラは人の心が読める能力がある。 それゆえ、トムの心を一番理解できるのはセラなのだ。 町の人間達はトムに申し訳ない気持ちになった。 もっとトムを理解するべきだったと...... 

 「トムは勇敢だったわ。 命懸けで私を助けてくれた。 トムが助けてくれなければ、私はやられていたかもしれない。 トムは命の恩人よ......」

 「そうね...... トムは立派ね。 でもトムはその事を誇る事も恩を着せることもしないでしょうね。 トムはきっと自分のお母さんの命を救ってくれたセラに恩返しがしたかったのかもしれないわね」

 ローザの言葉にセラが小さく頷いた。 ローザの言葉に、集まった人間達はトムの心の内を感じ取った。 そしてしんみりとした空気が流れる。 

 「ローザさんの言う通りかもしれないですね...... トムは立派ですよ!! 僕もトムを見習わなきゃ!! あはははは!!」トキロウが明るく笑いながら言った。

 トキロウが明るく笑うと、しんみりとした空気が一変して、その場に集まった人間全員一斉に笑い出した。 しんみりとした空気が和やかな雰囲気になった。 

 「トキロウ!! セラ!!」みんなが笑っていると、病院の看護師をしている町長の妻が慌てた様子で皆のところにやってきた。 どうやら何かが起きた様子だった。

 「どうした? そんなに慌てて...... 何かあったのか?」町長が慌てた様子の妻に聞いた。

 「病室にいたトキロウさんの友達がいなくなったわ!! さっきまでいたのに、全員いないのよ!!」

 「ええ?! 『白眠衆』たちが?!」トキロウたちはすぐに『白眠衆』たちがいた病室に向かった。 病室到着して中に入ると、病室はもぬけの殻になっていた。 『白眠衆』の姿は影も形もなくなっている。

 「誰もいないや...... みんなどこに行っちゃったんだろう? 変なこと考えなきゃいいんだけど......」トキロウは突如姿を消した『白眠衆』たちの事が心配だった。 何か嫌な予感がする。

 「まだ目覚めたばかりなのに...... もしかして日本に帰ったのかしら?」

 「う〜〜ん...... それならまだいいんですが......」トキロウの表情が曇る。 

 「......」セラは何も言わずただ黙って病室を見ていた。 特に気にしている様子は見受けられない。

 「とりあえず、『白眠衆』たちを探しましょう!! まだ遠くには行っていないと思うわ」

 「我々も手分けして探します」町長が言った。

 ローザとトキロウ、そして町の人間達で消えた『白眠衆』を探すことになった。 



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 日本に帰ったカグラは、報告のため日魅子の元へと訪れていた。 

 「母上...... 残念ながら時郎を連れて帰る事はできませんでした。 申し訳ありません......」カグラは時郎を連れて帰れなかったことを日魅子に謝罪した。 

 「そうですか...... 時郎を連れて帰ることはできませんでしたか...... 時郎の様子はどうでしたか?」日魅子はトキロウの様子が気になっていた。

 「はい。 思いのほか元気な様子でした。 特に病が進行してる様子は見受けられません。 あの様子ならば大丈夫かと......」カグラは淡々とトキロウの様子を伝えた。 特に何の心配もしている様子は見受けられない。

 「それは良かった。 しかし、やはり時郎は日本に帰ってくるつもりはないのですか......?」

 「時郎は帰るつもりは無いようです。 このまま、ヨーロッパで暮らす事を望んでいます。 世羅子と共に......」

 「...... その世羅子はどうしたのですか? やはり、世羅子と話し合いは出来なかったのですか......?」日魅子の表情がかげった。 

 「はい。 世羅子は私に激しく敵対心を抱いているため、とても話し合いができる状態ではありませんでした。 故に世羅子と一戦交えましたが、倒すことは叶わず引き分けに終わり、不本意ながら日本に引き上げて参りました。 面目次第もございません......」カグラは日魅子に詫びたが、特に悪びれるような様子は無かった。 

 「まさか、あなたと引き分けるとは、世羅子はそれほどまでに強くなっているのですか?」カグラと引き分けに終わったという事実に、日魅子は驚きを隠せない様子だった。 今まで敵なしのカグラが引き分けに終わったことなど無かったからだ。

 「世羅子はもはやこの私を凌ぐ勢いで成長しております。 このまま成長すれば、やがては私を超えるでしょう......」

 「それほどまでに成長しているとは...... 『天眠大神』と言われるあなたを凌ぐとは恐ろしい子です......」

 「世羅子がこのまま成長すれば『姫美島』の歴史が始まって以来の傑物となるでしょう。 初代『姫美島 迦虞倻』をも超える存在になるかと......」

 「あなたがそこまで世羅子を認めるとは...... カグラ、あなたは少し変わりましたね? 以前のような不遜な雰囲気が見受けら得ません。 何か心境の変化がありましたか?」日魅子はカグラが世羅子を高く評価していることに驚いた。 そしてカグラの雰囲気が日本を出た時とは明らかに違っているのを感じた。 母親である自分すら見下しているような傲岸不遜な雰囲気が無くなっている。 世羅子の名前を聞くだけで憎しみの感情を激しく募らせていた以前とは違い、妙に落ち着き払った態度である。 感情を押し殺しているようには感じない。 どこか達観とした部分が見受けられた。 

 「世羅子と戦い、私は己の力の未熟さを悟りました。 誰にも負けることのなかった私が、初めて敗北するかもしれないと感じたのです。 そして世羅子の能力はこの私とは明らかに違っていました。 長い『姫美島』の歴史の中でも、世羅子のような力をもった人間は皆無です。 まさに異能というべきものでしょう......」世羅子の能力を肌で感じたカグラは、世羅子が今までの『姫美島』の人間とは違う存在だと考えていた。 

 「確かにあの子の力は異能というしかありません...... このまま成長を遂げたら、もはや我々では手に負えないでしょう...... しかし救いは時郎の存在です。 時郎と世羅子には強い絆があるように思えます。 もし時郎と世羅子が一緒になれば、『姫美島』の正統な血統は守られる事になる。 あなたはそれを望まないでしょうが......」

 「母上のお気持ちはよくわかります。 現実的に見れば、母上の仰ることが『姫美島』家にとって一番良いことであることは重々承知しております。 しかしそれではあまりにも時枝が不憫です。 本家に生まれながら、後継者になることが出来ない時枝の気持ちを考えると、私は時枝の母親として胸が締め付けられる思いです。 母親として、何とかして時枝を『姫美島』の後継者にしたいというのが母親の情というもの...... どうか、ご理解のほどを......」カグラの言葉には異様な迫力が感じられた。 語り口は穏やかだったが、何か覚悟を決めたような迫力がある。

 「わかっています。 時枝を立派な後継者にしたいという気持ちはあなたと同じです。 あなたがヨーロッパに行っている間も時枝は懸命に修行に励んでいましたよ...... あの子なりに苦悩しながらも努力をしています」

 「私が留守の間、時枝の面倒を見てくださり、誠にありがとうございます。 感謝のついでではありますが、これからも時枝の面倒のほど、何卒よろしくお願いいたします」カグラは日魅子に時枝の面倒をみてもらうよう懇願した。

 「どういうことですか? あなたは時枝の面倒を見ないということですか?」

 「母上...... 私はこれより『千日断眠の行』に入ります」

 「な、、、なんですって?! いけませんカグラ!! 『千日断眠の行』は『神催眠の法』の最大の荒業の一つ...... いくらあなたでも命の危険があります。 あなたは『姫美島』の当主なのです。 命の危険があるような行動は控えてください。 考え直すのですカグラ......」カグラの言葉に日魅子は驚きを隠せなかった。 そして荒業に挑もうとするカグラに考え直すように言った。

 「母上...... ご心配くださり深く痛み入ります。 しかしこの命をかけねば、『姫美島』家も時枝も守ることは出来ません。 世羅子と戦い、私の誇りは粉微塵に砕け散りました。 その失った誇りを取り戻すには驕りを捨て、己の力量を見つめ直し、命をかけて修行を積むしかありません。 そうでなければ、再び世羅子と戦っても勝てません!! 命をかけて更なる力を手に入れる必要があります。 どうかご容赦を......」カグラはすでに命をかけて荒業に挑む覚悟が出来ていた。 世羅子によって砕かれた誇りを取り戻すためには命をかけねばならないと強く思っていた。

 「カグラ...... そこまでの覚悟を...... わかりました。 そこまでいうのであれば、あなたが『千日断眠の行』を行っている間の時枝の面倒は私に任せてください。 心置きなく修行に専念してください。 ただ、くれぐれも命を最優先して無理はしないで下さい」覚悟を決めたカグラを説得するのは無理と感じた日魅子は、カグラを修行に専念させるため、カグラの願いを聞くことにした。

 「心得ました。 では、これで失礼いたします」カグラは日魅子に深々と頭を下げると部屋から退出した。 そして退出すると、そこには時枝が待っていた。 

 「お母さま..... 今の話は本当ですか?! 『千日断眠の行』に入るというのは......」時枝が心配そうな表情を浮かべながら聞いてきた。

 「心配いりません。 母は必ず無事に修行を終えます。 だから、あなたはあなたの修行に励むのです」カグラは心配そうな表情を浮かべる時枝を安心させるような穏やかな口ぶりで言った。

 「はい...... お母さま。 あの、時郎はやはり帰って来ないのですか?」

 「時郎は帰るつもりは無いようです。 世羅子と共にヨーロッパに残ることを望んでいます。 今はそのほうが良いと考え、私も無理には連れて帰ることはしませんでした」

 「時郎の身体は大丈夫なのですか?」

 「ええ...... すこぶる元気な様子でした。 世羅子の力が時郎の病の進行を抑えています。 世羅子と一緒にいる限りは心配いらないでしょう」

 「そうですか。 世羅子はまた力を増したのですね...... お母さまですら倒すことが難しいほどに......」時枝の表情が曇る......

 「その通りです。 今の私の力では世羅子を倒すのは厳しいでしょう。 それ故に『千日断眠の行』に入り、さらに「催眠法力』を増す必要があります。 『姫美島』家と、あなたを守る為にも、私は命をかけなければなりません。 それが当主として、また後継者の母としての私の責務なのです」

 「お母さま...... 私にもっと才能や能力があれば、お母さまに心配をかけることも無いのに...... 私は自分の力の無さが恨めしいです...」 時枝は、いくら修行をしても世羅子との差は開くばかりの自分の無能さを呪った。 自分にもっと力があれば、母を危険な修行に挑ませることもないはずなのにと......

 「時枝...... たとえ才能が無かろうと能力で劣ろうと、決して努力することを忘れてはいけませんよ。 あなたが誰よりも努力していることは、この母が一番よく知っています。 立派な『姫美島』家の後継者になる為に努力を続けるあなたを、母は決して見捨てたりしません。 安心して下さい......」カグラは自分を責める時枝を慰めた。 

 「お母さま...... そこまで私の事を...... ううう......」時枝は母カグラの自分への愛情の強さを知り泣き崩れた。 冷血漢で、人の心を持たぬと言われるカグラが、娘である自分に対してこれほどの愛情を持っていたとは...... 時枝は涙が止まらなかった。

 「時枝、泣く必要はありません。 あなたは『姫美島』の当主となる人間なのです。 あなたを立派な『姫美島』の当主にするためならば、母はこの命は惜しくありません。 だから気持ちを強く持つのです。 さぁ、私はこれから『千日断眠の行』の準備に取り掛かる為に『神眠山』の修行場へと向かいます。 あなたはあなたの修行を行いなさい」カグラは泣き崩れる時枝の涙を拭いながら言った。

 「はい、お母さま......」

 時枝が返事をするとカグラは少しだけ笑みを浮かべた。 そしてそのまま『千日断眠の行』の準備に為に『神眠山』へと向かって行った。 時枝は命をかけて修行に挑もうとする母カグラの後ろ姿を目に焼き付けるようにしながら見ていた。

 カグラは真っ直ぐに前を見つめていた。 そして修行場へと向かうその足取りには一切の迷いは無い。 もはや驕りも慢心も無い。 カグラの心にあるのはただ一つ ”世羅子を倒すのみ!!” その一点だけを心に秘めて、カグラは修行場へと向かって行った。



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 病院から姿をくらました『白眠衆』たちは、町外れにある、今は使われていない小屋の中に身を潜めていた。 この小屋は町の諜報活動の際に根城として使用していた小屋だった。

 「世羅子が目覚めた以上、我々が一緒の病院にいるわけにはいくまい......」セラが目覚めた事を知り『白眠衆』たちは病院から抜け出した。 敵であり、命を狙う相手と一緒の病院にいることは出来ないと判断したからだった。

 「長...... これから一体如何しましょうか?」部下の一人が長に今後の動向をどうすべきかを聞いた。

 「それを皆で考えよう。 我らがとるべき選択肢は、このままこの国にいて世羅子を討ち果たし日本帰ること。 それともこのまま何もせずに日本に帰るか、それとも自害するか......」長は自害という言葉を少し口籠もりながら言った。

 長の自害の言葉を聞いて『白眠衆』たち表情が曇った。 一様に暗い表情をしている。

 「やはり世羅子を討ち取って日本に帰るのが一番ではないでしょうか?」部下の一人が言った。

 「しかし、あのカグラ様ですら世羅子は倒せなかったうえに、我々が『砕眠丸』を飲んでも手も足も出なかった相手をどうやって倒すのだ? 世羅子が我々の相手を狼に任せたのは、一刻も早く時郎様のところに向かう事と、カグラ様との戦いに備えて力を温存しておきたかったからに他ならない。 もし世羅子が本気で私たちと戦っていれば、我らは一瞬で蹴散らされていたであろう。 今、世羅子に戦いを挑んだところで勝ち目は無い...... それに世羅子は我々の命を救ったのだぞ...... それに世羅子を討ち果たしたら時郎様はどうなる? 世羅子が一緒にいるからこそ時郎様の病は進行が止まっているのだ。 世羅子がいなくなれば時郎様の病は再び進行し、時郎様はまた病に苦しむことになる。 私は時郎様が病に苦しむ姿を見たくはない......」

 「では、やはりこのまま日本に引き揚げますか? 任務に失敗しておめおめと生きて帰ってきた我々を果たしてカグラ様は許してくださるでしょうか? まして世羅子に命を救われたなどと知れば烈火の如くお怒りになられるかと......」

 「カグラ様の性格を考えれば、その可能性は高いだろうな。 もし許してくださっても任務に失敗したうえに敵に命を救われたという汚名を着せられるのは免れないだろう。 我々は生恥を晒すことになる......」

 「それでは我らに残された道は自害のみということですか......」

 「一度は捨てた命だ。 今更惜しんでも仕方があるまい。 生恥を晒すよりは、名誉の死を選ぼう......」

 「でもそれでは、時郎様の願いを踏みにじることになります。 時郎様は私たちが自害する可能性がある事を考えて、あえてあのように釘を刺されたのです。 もし我々が自害した事を知れば、時郎様はきっと悲しむでしょう......」

 「確かにそなたの言う通りだ。 しかし他に道が無い...... 時郎様の願いを踏みにじる事は心苦しいが、それが一番だろう......」

 「せっかく世羅子が救ってくれた命を無駄にてしまいますね......」部下の一人が寂しそうに言った。

 「私の正直な気持ちは世羅子に感謝している。 もし敵味方の関係でなければ、今頃は世羅子に元に行き深く礼を述べているだろう。 しかしそれも叶わぬ。 世羅子に一言も礼を述べられないのは無念ではあるがな......」

 「長...... 私も同じ気持ちです...... 皆もそうでしょう?」

 『白眠衆』たちは全員が頷いた。 皆、セラに感謝している。

 「世羅子は優しい...... この国で二人を見張っていたが、世羅子は毎日力を使って時郎様の病を癒していた。 献身的に時郎様に尽くす世羅子の姿をみた時、私は心の中で世羅子に感謝した。 時郎様を元気な身体にしてくれて、ありがとうとな......」

 「それは私たちも同じです。 世羅子は誰も傷つけませんでした。 苦しむ人のために力を使う世羅子に、私は本当に世羅子を討つべきなのかと疑問に感じました。 しかし任務である以上、心を鬼にしなければなりませんでした......」部下の一人が苦しい心の内を語った。

 「世羅子は我々の存在には気づいていたが、あえて私たちを放っておいたように感じる。 世羅子がその気なら、私たちを軽く一蹴出来たはずだ。 だがそうはしなかった...... 今思うと私たちを気遣ったのかもしれんな......」

 「もし世羅子に逃げられるようなことがあれば、私たちが罰を受けると考えて、あえて逃げもせず、私たちを放っておいたと言う事ですか?」

 「そうだろうな。 それに世羅子は、カグラ様と戦うつもりだったのかもしれん。 私たちが何もせず見張っている事で、世羅子はカグラ様がこの国に乗り込んでくると予想したのだろう。 そしてこの地でカグラ様と戦い、カグラ様を倒すつもりだったのかもしれん...... そうでなければ、見張られていることに気づいていながら逃げなかった理由が無い」

 「あのカグラ様と戦うつもりだった...... 世羅子はカグラ様に勝てる自信があったと言うことですか?」

 「この地で戦えば世羅子は有利だ。 日本でカグラ様と戦えば、カグラ様の部下は無数にいる。 その部下達を相手にしながらカグラ様の相手をすれば、いくら世羅子でも勝つのは無理だ。 だがこの地にカグラ様を誘き寄せれば、連れて来れる部下の数も多くは出来ない。 そうなればカグラ様と一騎打ちができる可能性が高い。 そこまで計算していたのかもしれない」

 「もしそうなら世羅子は、カグラ様以上に恐ろしく感じます......」

 「だがカグラ様とは決定的に違うのは、世羅子は誰よりも優しい心を持っているという事だ。 それは揺るぎようが無い。 私たちを助ける義理は無いのに救ってくれたことが、そのことを証明している......」

 長の言葉に『白眠衆』たちは納得せざるを得なかった。 事実セラに命を救われたのだ。 カグラは自分たちを見捨てて帰国したが、セラは見捨てなかった。

 「長...... 私たちは今までずっと苦楽をともにしてきました。 生きる時も死ぬ時も一蓮托生です。 私たちは長の決断に従います。 たとえどのような決断を長がしようと、私たちは恨みません。 長に決断を委ねます。 皆、それで良いでしょう?」部下の一人が言った。

 『白眠衆』たちは全員頷いた。 長が決めたのであれば、全員が長の決定に従う覚悟だった。 

 「みんな、すまない。 では、私が決断をさせてもらう。 私は......」





「催眠聖女 ローザ・フェアリー』(28)終





(29)へ続く











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