『催眠聖女 ローザ・フェアリー』(最終話)

 「では、時郎様。 我々は一旦アジトへと戻ります。 見張りなどは必要はありませんか?」トキロウとの話を終えた『白眠衆』たちは一旦アジトへと戻る事にした。 トキロウはアジトへと戻る『白眠衆』を見送るため、小屋の外まで出てきていた。 セラは小屋の中にそのまま残っている。

 「大丈夫だよ、僕は子供じゃないんだから見張りなんていらないよ!! あんまり見張られるのは正直嫌だしね。 とりあえず、アンソニーさんに事情を話してみるから、それまではアジトで過ごしていてくれないかな」

 「かしこまりました。 何かありましたら、いつでもお呼びください。 時郎様、お身体にはくれぐれもお気をつけ下さいませ......」

 「心配いらないよ!! 世羅子が側に居れば安心だから!!」

 「...... 時郎様、実は先程の世羅子の話ですが......」長は神妙な面持ちになった。

 「世羅子の話がどうしたんだい? 何か意味深な表情をしているけど......」神妙な面持ちをしている長の表情をみてトキロウは気になった。

 「実は、先程の世羅子が全てを仕組んだという話ですが、あれは出鱈目です。 世羅子を信頼されている時郎様に不愉快な思いをさせたことを深くお詫びいたします......」長はトキロウに先程の発言が出鱈目だったことを詫びた。  

 「えっ?! 出鱈目だったの?! なんでそんな出鱈目を言ったのさ?」トキロウは長がなぜあのような出鱈目を言ったのか疑問に感じた。 やはりまだ世羅子に対する蟠りは消えていないのだろうか......  

 「それは...... 我々は悔しかったのです......」長がトキロウに本当の気持ちを伝えた。

 「悔しかった......?」

 「はい。 命をかけて任務を果たそうと世羅子に挑むも、世羅子には全く歯が立たず、カグラ様にも見捨てられました。 それに敵である世羅子に命を救われたことは、我々にとってそれがどれだけ屈辱的だった事か...... 死ぬこともできず、生き恥を晒すことになった我々は悔しくてたまりませんでした。 その悔しさを晴らすため世羅子に八つ当たりのような言葉を言ってしまったのです」長が発言の真意を語った。

 「そ、、、そうだったんだ...... ごめん...... みんながそんな苦しい気持ちだったなんて僕は全然気づかなかったよ......」トキロウは『白眠衆』たちの苦しい心境に気づかなかったことを反省した。 

 「時郎様が謝る必要は全くありません。 まして世羅子が何も悪くないことは重々承知しています。 それに世羅子は我々のそんな心境を慮ってか、あえて何も言わなかったのです......」

 「じゃあ、世羅子はみんなが悔しさのあまり八つ当たりしていたことに気づいていたんだ...... それで世羅子は何も反論しなかったのか......」

 「そうです。 気づいていたからこそ何一つ反論しなかったのです。 反論すれば出来たはずなのに、しなかった理由は我々と世羅子が揉めれば時郎様は世羅子か我々のどちらかを選ぶ事になります。 そうなれば時郎様は必ず世羅子を選ぶはずです。 そして時郎様に見放された我々は自害するしか道がありません。 そうならないためにあえて世羅子は何も反論しなかったのです。 自分が何も反論しなければ、時郎様が世羅子に疑念を抱き、時郎様が我々に味方できるようにしたのです。 これから生活を共にすることになる以上、時郎様がどちらの味方もしないほうが良いと考えたからでしょう......」

 「そうだったのか...... 世羅子が何も言わなかったのは、みんなの事を考えていたからだったんだね..... 確かに僕は長の話を聞いて世羅子を疑ってしまったよ...... 本当に世羅子が全て仕組んだのではないかとね...... でも確かに僕がずっと世羅子の肩ばかり持てば、みんなは居心地が悪くなるもんね。 世羅子はそこまで考えていたのか......」

 「おそらくそうだと思います。 我々が自害しないで済むように、あえて世羅子を悪者にするような私の発言を受け入れたのかと......」

 「世羅子はいつも自分が悪者になるような行動や考え方をするんだよね...... きっと色々な人のことを考えてあえてそうするんだろうけど...... 世羅子だって悪者にされたらきっと辛いだろうに......」トキロウはあえて悪者になるセラの気持ちを考えるといたたまれない気持ちになった。 自分が思っている以上にセラは辛い思いをしていると感じた。

 「時郎様...... 世羅子を信頼している時郎様は正しいです。 世羅子があえて汚名を受け入れているのも、その優しい心ゆえだと私は思います。 その優しさが世羅子に辛い道を歩ませているのでしょうが...... それに......」長は何故か言葉を詰まらせた。

 「どうしたの? 何か気になることでもあるの......?」長が言葉を詰まらせたのをみて、トキロウは気になった。

 「いえ...... ただ、世羅子の中に何かとてつもないものが潜んでいるように思えてならないのです。 我々はずっと世羅子を監視していましたし、直接手を合わせたからわかるのですが、世羅子にはやはり何かが潜んでいます。 カグラ様とも違うもっと恐ろしい何かが......」長はセラの中に潜む何かを感じ取り、不安を募らせていた。

 長の言葉にトキロウは先程のセラの目を思い出した。 長が全てをセラが仕組んだと糾弾していた時のセラの目...... あれは普段のセラの目では無かった。 今まであんな目をしたセラをトキロウは見たことがなかった。 長と同じように、トキロウもセラのあの目を見て、セラの中に何かが潜んでいると感じた。

 「長も感じたんだ...... 実は僕も世羅子の中に何かが潜んでいると感じたんだよ...... 母さんと戦った後から、少し世羅子の様子が変わった気がするんだ...... 上手く言えないけど、以前の世羅子とは少し違ってる。 それが良いのか悪いのかはわからないけど......」トキロウはセラの変化に不安を感じていた。 

 「時郎様も感じておられたのですか...... ただ、世羅子の隠された何かが表に出ないのは、時郎様の存在があるからだと思います」

 「僕の存在が...... どういうことだい?」

 「世羅子は本当に時郎様のことを大事に思っています。 世羅子は毎日、時郎様の病が治るようにと力を使って治療を施していました。 時郎様に治療を施しているときの世羅子の姿は、まさに天使です。 その姿に敵である我々も心を打たれたのは事実です。 そして時郎様の病を治そうと尽くす世羅子に感動しました。 世羅子の力が日々増しているのも、時郎様の病を治したいという思いが、そうさせているのではないかと感じます......」

 「僕のために、世羅子の力が増している......」

 「このまま世羅子の力が増せば、本当に時郎様の病を完治させることができるかもしれません...... 少なくとも世羅子はそう思っているはずです。 ただ、その力が時郎様の為に向いていれば良いのですが、もし仮に時郎様が亡くなられてしまったら、その力の行き先はどこに向かうのかわかりません...... もしかすると時郎様という支えを失った世羅子は暴走を始めるかもしれません...... そうなれば誰も手に負えなくなります......」長はセラの力が暴走するようなことがあれば、もはや誰にも止められなくなると感じていた。

 「世羅子が暴走しないようにするには、僕が生きていないとダメだということなのか......」

 「その通りです。 時郎様の存在が世羅子の力を増させていると同時に安定ももたらしているのです。 時郎様に世羅子への不信感を産ませた私がいうのもおかしいですが、時郎様は何があっても生きて世羅子を信頼し続けてください。 時郎様から信頼されていないとしれば、世羅子の潜んでいる恐ろしい部分が露わになってくるかと...... そう考えると恐ろしくて堪りません......」

 「わ、、、わかったよ。 僕も頑張るよ!! 世羅子にはずっと今のままの世羅子でいてもらいたいしね...... あんまり脅かさないでよ......あはははは!!」

 「時郎様に心配やご迷惑をおかけするようなことは致しません。 世羅子とも適度な距離を保ちながら上手くやっていくつもりです。 それと一つご報告があります」

 「なに? 報告って......」

 「はい。 梢、水月、楓の三人は日本に戻ります。 日本に戻る理由はカグラ様の監視をするためです。 幸い私たちは死んだと思われています。 まさか生きていて、カグラ様を監視しているとは夢にも思わないでしょう」

 「母さんの監視を......」

 「やはりカグラ様の監視は必要です。 カグラ様の動きがわかれば、こちらも対策を立てやすい。 それに近いうちにカグラ様は、時郎様と世羅子の監視役を送ってくるはずです。 そうなれば我らが生きている事もカグラ様に知られるでしょう。 ですから今のうちに三人は極秘に日本に戻り、カグラ様に三人が生きていることが悟られないように手を打つつもりです」

 「確かにみんなが生きていると知ったら母さんが何をしでかすかわからないな......」

 「我らが生きていて、時郎様と世羅子と一緒にいることがわかれば、我らを始末するために刺客を送り込んでくる可能性が高いでしょう。 それこそ『黒眠衆』を刺客に送ってくるかも知れません」

 「そっか...... 『黒眠衆』がいたんだ!! もし来たら厄介な事になるな......」

 「時郎様もご存知の通り『黒眠衆』は暗殺、戦闘を専門としています。 私たちだけではなく世羅子も襲ってくる可能性が高いです。『黒眠衆』はカグラ様とは違った意味で厄介なだけに、いかに世羅子でも一人で相手にするのは危険です。 我らが陰から世羅子を守るつもりです」

 「世羅子を守ってくれるの?!」

 「我らの最優先の任務は時郎様のお身体を守る事です。 そのためには世羅子を守る必要があります。 時郎様の病の進行を止められるのは世羅子だけです。 それゆえ世羅子を守ることが、時郎様のお身体を守ることになります」

 「それはありがたいよ!! 世羅子一人じゃ、母さんや『黒眠衆』を相手にするのは骨が折れるしね...... みんなが守ってくれるのであれば心強いよ!!」

 「ですので、今のうちに二手別れておく必要があります。 ご許可いただけますか?」

 「勿論だよ!! でも気をつけてね。 母さんにバレたら命が無くなるから......」

 「その点に関しては、十分に警戒しながら監視をしていきます。 それに日本に戻る三人は、『浄眠』様のところへ身を寄せるつもりです」

 「ひいおばあちゃんのところへ?!」

 「はい。『浄眠』様は日魅子様に当主の座を譲られてからは出家され、今は『姫美島』家とは関係がありません。 いかに疑り深いカグラ様でも出家した祖母を疑うことはないでしょう。 それに『浄眠』様は慈悲深い方ゆえ、事情を話せばご協力いただけると思います」

 「それはいい考えだ!! ひいおばあちゃんなら喜んで協力してくれるよ!! 僕から”よろしく”と伝えておいてね!!」

 「かしこまりました。 カグラ様の動向は随時、時郎様にご報告致します。 では、これにて失礼いたします」

 『白眠衆』はアジトへと引き上げて行った。 トキロウは『白眠衆』が帰るのを見届けると小屋へと戻った。 小屋に戻るとセラはまだ縫い物作業をしていた。

 トキロウは縫い物作業をしているセラの側に向かった。 そしてそっとセラを抱きしめる......

 「世羅子...... 君は誰よりも優しい人だよ。 僕はそれを一番よく知っている。 君は怪物なんかじゃない!! 僕は君を信じているよ......」トキロウはセラをずっと信じることを心に誓った。 セラは怪物などでは決してない。 誰よりも優しい心を持っているのだと......

 「時郎......」突然、トキロウが抱きついてきたことにセラは少し驚いていた。 そしてそっとトキロウの肩に手を置いた。

 「これからもずっと一緒にいようね......」

 「時郎...... 邪魔よ!!」セラは抱きしめるトキロウを突き放した。

 「えっ?! な、、、何するんだよ?!」セラに突き放されたトキロウは戸惑っていた。

 「私は今、縫い物作業をしているの。 あなたの変な感傷に付き合ってる暇は無いわ!! 私は何も気にしていないから、あなたはさっさと食器を洗って来なさい!!」トキロウの心配をよそにセラは全く気にしていなかった。

 「な、、、なんだよ!! 僕は君のことを心配しているんだよ...... そんなに冷たくすること無いじゃないか......」セラの冷たい反応に、トキロウは不満気だった。

 「私の心配なんてしなくていいわ。 『白眠衆』に何を言われたか知らないけど、私は変わらないわ!! 余計なことを考えないで、これからの生活をどうしていくか考えなさい!!」セラはトキロウの感傷をバッサリと切り捨てた。

 「わ、、、わかったよ...... 全く可愛げが無いんだから...... せっかく人が心配してるのに......」セラの冷たい対応に、トキロウはブツブツと文句を垂れながら、渋々食器を洗いに台所へと向かった。

 セラに言われ仕方なくトキロウは台所で食器を洗い始めた。(なんだよ、全く...... 人の気持ちも知らないでさ...... まぁ、世羅子らしいっていえば世羅子らしいけど...... やっぱりあんまり変わってないかな......)トキロウはやはりセラがあまり変わっていないことに少し安心した様子だった。


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マザーは、『聖ヒプノ修道院』の大聖堂で静かにメスマリア像に祈りを捧げていた。 祈りを捧げているマザーの元に、一人の修道女がやってきた。

 「マザー、アン王妃がお見えになられておられます。 マザーの部屋にてお待ちいただいております」修道女はマザーにアン王妃が来たことを伝えた。

 「ありがとう、シスター・ビクトリア。 すぐに向かいましょう」マザーは祈りを中断して、アン王妃がいるマザーの部屋へと足早に向かった。

 マザーが部屋に入るとアン王妃が椅子に座ってマザーを待っていた。「アン王妃、お待たせしました。 メスマリアの御加護があらんことを......」マザーは待っていたアン王妃に祝福の祈りを捧げた。

 「マザー、祈りの最中に申し訳ありません。 今日はお伝えしたいことがあって参りました。 メスマリアの御加護があらんことを......」アン王妃は椅子から立ち上がり、マザーに祝福の祈りを捧げた。

 「アン王妃、伝えたいこととはどのような内容でしょうか? シスターローザのことですか?」

 「はい、マザー。 実はアンソニーとローザが婚約いたしました。 今日はそのご報告にと参りました」

 「まぁ!! それはとても嬉しい報告ですね!! ローザをあの国へ送った甲斐があったというものです。 これも全てメスマリアの御加護があったからでしょう」マザーは嬉しそうに言った。

 「マザーのお心遣いには本当に感謝いたします。 アンソニーもずっとローザを想っていただけに、二人の婚約は母親としてとても嬉しく感じております」アン王妃も息子であるアンソニーがローザと結ばれることになり、感慨無量といった様子だった。

 「二人が結ばれることは運命だったのでしょう。 ローザもこれで一人前の『催眠聖女』となることができる。 あの子はこの『聖ヒプノ修道院』の未来を担う大事な存在...... この結婚はあの子の未来に大きな影響を及ぼすでしょうね」

 「そのローザですが、どうやら力を覚醒させたようです。 アンソニーから聞きました。 カグラというトキロウの母親と対峙した際に、指輪の力を発揮させたとのことです」

 「指輪の力を?! あの子もとうとう目覚めましたね!! これで”エルザ”顔向けができるというもの......」ローザが覚醒したことを聞いたマザーは嬉しそうに微笑んだ。

 「マザーの期待通りになりましたね。 ”エルザ”もきっと喜んでいることでしょう......」

 「セラの噂がこの『聖ヒプノ修道院』に届いた時、これはメスマリアのお導きだと直感しました。 ゆえにローザをセラの元へ派遣させたのです。 セラに会った時、あの子がローザの力を呼び起こす起因になると確信しました。 やはり二人を会わせたのは間違いではなかった......」

 「マザーのおっしゃる通り、私も全てはメスマリアのお導きだと思います。 そしてローザの母”エルザ”の遺志がそうさせたのでしょうね......」

 「アン王妃の言う通りです...... ”エルザ”の遺志があの子の力を覚醒させたのでしょう......  『フェアリー』の遺志が......」

 「マザー...... ローザにエルザの死の真相を話すおつもりですか......?」

 「今はまだ話すべきでは無いでしょう...... しかし時がくれば話すことになるでしょう。 今この『聖ヒプノ修道院』に邪悪な影が迫っています。 その邪悪な影に対抗するにはローザの力は不可欠です。 しかしまだローザは覚醒したばかり。 もう少し成長してからの方が良いでしょうね...... 話せばローザも混乱するでしょうし、今は流れに身を任せるべきでしょう」

 「やはり『メスメデス教』が暗躍しているのですね......」アン王妃の表情が強張った。

 「その通りです。 『メスメデス教』は静かに、そして確実にその邪悪な影を広げています。 この『聖ヒプノ修道院』にもその魔の手が伸びてきているのは間違いありません...... なんとかして『メスメデス教』を再び闇の世界に封じなければなりません。 このまま『メスメデス教』が拡大し続ければ、最悪の事態が起こり得ることになります......」

 「それは『暗黒催眠神』の復活......」

 「暗黒催眠神が復活すれば、この世は晴れることのない暗黒の闇に包まれてしまいます。 そうなれば世界は全てメスメデスに支配されてしまうでしょう。 なんとしても暗黒催眠神の復活だけは阻止せねばなりません」

 「マザー......『メスメデス教』を広め『暗黒催眠神』の復活を目論むものの正体はわからないのでしょうか?」

 「わかりません...... 『メスメデス教』は非常に狡猾で、特殊な術を使って普段は全くその気配を見せないのです。 その正体を見破るのは至難の業です...... 残念ながら首謀者が誰なのか検討もつきません......」

 「なんとかして首謀者を見つかられれば良いのですが......」

 「しかし希望はあります!!」

 「希望ですか? それは一体なんでしょうか?」

 「セラです!! あの子の力があれば、『メスメデス教』を見破ることが出来るかもしれません。 あの子には我々が見えないものを見抜く力があります。 セラとローザ...... 二人が力を合わせれば、邪悪な脅威も打ち破ることが出来るでしょう!! 私はそう信じています!!」

 「マザー、そのセラですが、トキロウと共に王宮に入ることになりました。 先日二人にそのことを伝え、間もなく王宮に移り住むことになります」

 「それは良いことです。 あの町での生活は、あの子にとってはマイナスにしかならないでしょう。 それにあの子には然るべき教育を受けさせる必要があります。 万物の理を知り、歴史を学び、正しい教養を身につけねばなりません。 そうしなければあの子の力は間違った方向に進んでしまいます。 アン王妃、あの子にしっかりとした教育を施していただけないでしょうか?」

 「わかりました。 あの子の教育はお任せ下さい。 私の恩師でもある『サリバン先生』に教育をお願いしようかと考えております。 『サリバン先生』は今は我が国の名門学校で校長をしておられます。 セラの教育係として、これ以上うってつけの方はいないでしょう」

 「なるほど。 『サリバン先生』であれば間違えないでしょう。 かつてこの『聖ヒプノ修道院』で『催眠聖女』の見習いたちに教育をしていたあのお方なら、きっとセラに立派な教育を施してくださるでしょう」

 「では、国に戻ったら早速『サリバン先生』にセラの教育をお願いしに伺います。 ローザのことも私にお任せ下さい」

 「アン王妃...... 二人のことよろしくお願いいたします。 あの二人がきっとこの世界に希望の光を与えてくれるでしょう...... それがローザの母”エルザ”の願いでもあります」

 「エルザの願い...... まさかエルザの子が私の子と結婚することになるとは、運命というものは本当にわからないものですね...... アンソニーが探している子が”エルザ”の娘であることを知ったとき、私は”エルザ”の遺志を感じました。 きっと”エルザ”は私にローザを託したのだと......」

 「アン...... エルザの願いを叶えてあげて...... それが私たち三人の大切な約束でもあるわ」

 「わかっているわ、クレア...... あの日の誓いは今でも忘れていない。 私が必ずエルザの願いを叶えるわ!!」

 「頼むわね...... アン......」

 「クレア...... あなたも気をつけて。 『メスメデス教』はあなたの命を狙ってくるわ...... 私はそれが心配よ......」

 「それもマザーになった時に覚悟を決めたわ...... エルザもそうしたように、私も命をかけて邪悪なものと戦う覚悟がある!! それがマザーになった私の宿命でもある......」

 「クレア...... メスマリアの御加護があらんことを......」

 「アン...... あなたにもメスマリアの御加護があらんことを......」

  

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 ついにトキロウとセラが王宮へと移る日がやってきた。 セラは前日から一晩中牛の世話をしていた。 牛舎にいる牛一頭一頭に別れを惜しむように丁寧に最後の世話をした。 牛たちもセラが居なくなるのが寂しいのか、ずっと悲しい声で鳴いている。

 「みんな元気でね...... みんなと一緒に過ごしたことは忘れないからね......」セラは一頭一頭の牛に抱きつき、別れの言葉をかけた。 この町に来てからずっと世話をしていた牛たちとの思い出をセラは胸にしまっていく......

 セラが牛たちと別れを済ませると、トキロウとセラは荷物を積んだトラックに乗り込んで牧場主フランツの運転で一度町へと向かう。 町に到着すると、町の広場の前には町の住民全員が二人の見送りために集まっていた。

 「皆さん、本当にお世話になりました。 いきなりこの町に来た僕たちを暖かく迎え入れてくれた皆さんには感謝しかありません!! 本当にありがとうございました!!」集まった町の住民に礼を述べるトキロウの目には涙が滲んでいた。

 「トキロウ!! 早く病気を直して立派な医者になるんだよ。 身体に気をつけてな.....」町長がトキロウに言った。 町長の目にも涙が滲んでいる。 

 「ありがとうございます!! 僕は決して病気に負けません!! 必ず治して立派な医者になります!! 医者になったら皆さんに必ず恩返しに来ます!!」トキロウは力強く語った。

 「頑張ってな、トキロウ!! たまにはこの町に遊びに来てくれ!! いつでも大歓迎するよ!!」

 「はい!! ありがとうございます!!」

 「セラ...... 君には町の住民が本当に世話になったね。 君の力のおかげでこの町の住民がどれだけ救われたことか...... 最初はみんな君の力を怖がっていたけど、君の力は素晴らしい力だよ!! 色々とありがとう!!」町長はセラの手を握って礼を述べた。

 「......」町長が礼を言ってもセラは何も言わなかった。 セラの表情が曇っている...... 

 「世羅子、黙ってないで何か言いなよ...... せっかくみんなが見送りに来てくれているんだからさ......」反応が薄いセラをトキロウがたしなめた。

 「いやいや、別に構わないさ。 セラがいい子なのはみんな知っているから。 そうだ!! トム、こっちに来なさい!!」町長がトムを呼んだ。

 町長がトムを呼ぶと、物陰に隠れていたトムが恐る恐る顔を出した。 怖がっているのか恥ずかしがているのか、町長が呼んでもトムは来なかった。

 するとローザがトムに近づき、トムを二人の元へと連れてきた。 トムは手に何かを持っている。

 「ほら、トム。 世羅子に手紙を書いたんでしょ? 渡しなさい......」ローザはトムが手に持っている手紙をセラに渡すように促した。

 「手紙...... トムが私に......」セラが不思議そうに呟いた。 トムは字の読み書きが出来ない。 そのトムが手紙を書いてきたことを不思議に思った。

 「驚いたでしょう!! 私がトムに読み書きを教えたの。 勉強の甲斐があってトムは読み書きが出来るようになったのよ!! それで初めての手紙を世羅子に書くことにしたんですって!! 受けとってあげて世羅子......」

 「うん......」セラはトムから手紙を受け取った。 セラに手紙を渡したトムはよほど恥ずかしいのか顔を真っ赤にしていた。

 セラが手紙を開くと、大きな字で一言だけ何かが書いてあった。 その文を見てセラの表情が綻んだ。 「ありがとうトム...... 嬉しいわ......」セラはトムに笑顔で手紙の礼を述べた。

 「何が書いてあるの?」トキロウが手紙の内容を知ろうと覗いてきた。

 「ダメよ!!」トキロウが手紙を覗き見ようとしたのでセラは手紙をさっと閉じた。

 「え〜〜...... なんて書いてあったのか気になるんだけど?」

 「内緒よ。 私とトムだけの秘密.....」そう言うとセラがトムの手をそっと握った。

 セラに手を握られたトムは驚いたのか、どうしていいか分からずオロオロとしていた。 「トム、落ち着いて...... ジッとしていて......」セラが優しく呟いた...... そしてセラの身体が光り始めた。 セラの身体から放たれた光が握った手を通じてトムに流れていく...... トムの身体はセラの放った光に包まれた。

 そしてトムを包んでいた光がゆっくりと消えていく...... 「トム、私の名前は......? さぁ言ってみて......」セラがトムに自分の名前を言うように言った。

 セラに言われるとトムは何かを言おうと一生懸命に口を動かし始めた。 すると、「セ、、、、セ、、、セラ、、、、」おぼつかないトムの口からセラの名前が発せられた。 トムが初めて言葉を口にした。

 「トムが喋った......」ローザはトムが言葉を発したことに驚きを隠せなかった。 そしてローザと同じように町の住民たちもトムが喋ったのを目の当たりにして、驚きのあまり言葉を失った。

 「そう...... 私はセラよ...... トム、ちゃんと私の名前を言えたわね。 これから練習すればもっと喋れるようになるから頑張ってね......」セラはトムが喋れたことが嬉しかったのか優しく微笑んでいた。

 「奇跡だわ......」ローザも町の住民はまたしてもセラの奇跡を目の当たりにした。 セラの力で喋れなかったトムがしゃべることが出来るようになった。 これを奇跡と言わずになんと言うのだろうか? まさにセラは『奇跡を起こす少女』であると改めて感じた。

 「良かったね、トム!!」喋れるようになったトムにトキロウも喜んだ。

 「世羅子...... あなたは最後までみんなを驚かせてくれるわね!! あなたといると現実の世界にいるような気がしないわ。 信じられないことばかり起きて、まるで幻想の世界にいるように感じる......」ローザはセラと過ごした間に多くの現実離れした出来事を経験した。 それはもしかしたら現実ではなく幻想の世界にいるのではと錯覚してしまうほどだった。

 ローザの言葉に町の住民たちも同じ気持ちだった。 セラがこの町に来てから町の住民たちは現実離れした現象の数々を目の当たりにし経験してきた。 ローザの言うようにそれは幻想なのかも知れないとさえ思える...... 

 ローザの言葉にセラはわずかだが微笑んだ...... もしかするとセラは本当にみんなを幻想の世界へと導いていたのかもしれない......

 そして町の住民たちは二人に多くの餞別を送った。 餞別は車に入りきらないほどであった。 「皆さん、こんなにたくさんありがとうございます!! 皆さんから御恩は決して忘れません!!」トキロウは号泣していた。 

 「トキロウ...... 達者でな......」町長以下、町の住民たちはトキロウと最後の握手を交わした。 町の住民たちも皆、目に涙を浮かべていた。 皆、二人との別れを惜しんでいる......

 その時、キラキラと光り輝くものが地面に落ちた。 その輝く光はポロポロと次々地面に落ちてくる...... 町の住民たちはその光り輝くものがどこから落ちているのかを確認すると、それはセラからであった。

 「世羅子......」トキロウがセラを見て驚いた表情を浮かべた。 セラの目から宝石のように輝くものが溢れていたからだ。

 光り輝くものの正体はセラの涙であった...... セラが泣いている...... 宝石のように美しい涙を流しながらセラが泣いていた...... セラは皆が自分を見ているのを見て、初めて自分が涙を流していることに気づいた......

 自分が涙を流していることに気づいたセラは、顔を両手で覆った...... しかし、涙は覆った手の隙間から零れ落ちていく...... そして「う...... う......」とセラから嗚咽のようなものが聞こえてきた。

 「ううう......」セラの嗚咽はだんだんと大きくなっていった。 セラは一生懸命声を押し殺そうとしているが、溢れ出てくる感情を抑えることが出来ない様子だった。 

 セラが泣いている...... トキロウは初めてセラが泣いている姿を見た。 今までどんな苦しい時でもセラは泣いたことが無かった。 泣き言すら言わない、あの気丈なセラが声を押し殺して泣いている。 

 「世羅子......」トキロウは泣いている世羅子を見て驚いたが、内心はホッとした気持ちになった。 冷静を装っていたが、本当は町の人たちに感謝しており、別れるのが辛いのだと...... しかし湧き上がる感情を抑えることができなかったのだ。

 「世羅子...... あなたはやはり誰よりも美しい心の持ち主だわ......」ローザもトキロウと同じようにセラが泣いている姿を見て、心から嬉しく思った。 いつも感情を表さないセラだが、それはただあえて表に出さないようにしているだけであって、本当は誰よりも優しく美しい心をもっているのだと......

 町の住民たちもセラが泣いている姿をみて驚きを隠せなかったが、それ以上にその美しい泣姿に見惚れていた...... 宝石のように輝く涙を流しながら泣いている、神秘的で美しい少女の姿を見て、町の住民たちはやはりセラは”天使”なのだと改めて思った。 この小さな町に気まぐれで舞い降りた美しい天使は、町の人間たちをまるで御伽話のような不思議な世界へと誘ってくれた。 セラと過ごした時間は町の住民たちの心にずっと残り、そして後世に”美しい天使の物語”として語り継がれて行くだろう......

 そして二人の出発の時がやってきた。 トキロウとセラはトラックに乗り込み王宮へと向かう。 

 「トキロウ、世羅子、私はもう少ししたら王宮へ入るから、それまで向こうで待っててね!! その時にまた会いましょう!!」ローザは出発する二人に言った。

 「わかりました!! 向こうで待ってます!!」

 「ローザ、王宮で......」

 二人がローザに別れを告げるとトラックは王宮へ向けて出発した。 トキロウとセラはトラックの窓から身体を乗り出して、二人を見送る町の住民たちに大きく手を振った。

 「さようなら、皆さん!! さようなら......」トキロウは泣きながら町の住民たちに大きく手を振った。

 「さようなら...... さようなら......」セラも町の住民たちに向かって力一杯手を振っていた。 

 「トキロウ〜〜!! セラァ〜〜〜!! 元気でなぁ〜〜〜!!」町の住民たちも大きく手を振って二人を見送った。

 二人は町の住民たちが見えなくなるまで手を振っていた。 慣れ親しんだ町ともこれで離れることになる。 町の住民たちが見えなくなると二人の表情が寂しそうになった......

 「みんな、いい人たちだったね......」トキロウが寂しそうに言った。

 「ええ...... みんな素敵な人たちだった。 この町で過ごせたことを本当に嬉しく思うわ......」セラの表情も寂しそうであった。

 「そうだね...... 本当にこの町に来て良かったよ......」

 「きっとまたみんなと会えるわ...... きっと......」

 「うん...... でも、世羅子が泣いたのは驚いたよ。 君が泣くのは初めて見たから......」

 「私だって泣く時はあるわよ...... みんなと別れるのは辛かったから......」セラが思わず本心を漏らした。

 「そっか...... 君が泣いたのを見て、君はやっぱり普通の人間なんだなって思えて安心したよ...... 正直、母さんとの戦いの後の君はちょっと怖かったからさ...... なんか近寄り難い感じがして......」

 「それはあなたが寝ている隙にキスをしようとしたからよ!! 別に私は何も変わっていないわ!!」

 「まだそのことを怒ってるの? もういいかげん許してよ......?」トキロウはもういいかげん許してくれと言わんばかりだった。

 「ダメよ!! まだ許さないわ!!」しかし、セラは全く許す気が無いようだ。

 「じゃあ、どうやったら許してくれるのさ......?」

 「あなたが病気を克服して立派な男になったら許してあげる。 それまでは許さないわ」

 「やれやれ...... それは許してくれないのと一緒じゃないか...... ねぇ、世羅子...... もし僕が死んだら泣いちゃう?」トキロウがおちゃらけながらセラに聞いた。

 「くだらないこと言わないで!! 次そんなこと言ったら怒るから......」ふざけているトキロウにセラはムッとした様子で顔を背けた。

 「ねぇ教えてよ!! ねぇ、やっぱり泣いちゃう?」トキロウがしつこくセラに迫る。 そしてセラの顔を覗き込むようにして顔を近づけてきた。

 トキロウが顔を近づけてきた瞬間、”バチーン”とセラがしつこく迫るトキロウの頬を思い切り引っ叩いた。

 「いったぁっーーーー!! 何も引っ叩くこと無いじゃないか...... 君は手が速すぎるよ......」セラに引っ叩かれてトキロウは痛みのあまりその場にうずくまった。

 「しつこいからよ!! 言ったでしょ? 次そんなこと言ったら怒るって...... また引っ叩かれたいの?」セラがキッとトキロウを睨みつけ、手をあげて再び引っ叩く体勢になった。

 「は、、、はい...... ごめんなさい。 もう言いません......」セラの迫力にトキロウはすっかり怯えてしまった。

 「馬鹿郎......」セラが呆れたように呟いた。

 「あれ? あれは.......」トラックが町外れの峠に差し掛かった時、トキロウが何かに気づいた。 セラがトキロウの視線の先に目をやると丘の上に狼の群れがいた。

 狼の群れの先頭にはあのリーダーがいた。 そしてセラの乗るトラックが目の前を通過すると、天を仰ぐようにして大きな遠吠えをあげた。 リーダーが遠吠えをあげると、群れの狼たちも一斉に遠吠えを上げ始めた。 狼たちの遠吠えは峠に響き渡った。

 「狼たちも見送りに来てくれたんだね......」狼たちが見送りに来ているのを見たトキロウは、窓から身を乗り出して狼たちに向かって手を振った。「さようなら〜〜!! ありがとね〜〜〜!!」

 セラも窓から身を乗り出して見送る狼たちの姿を眺めていた。 「さようなら......」セラは小さな声で狼たちに別れを告げた。 

 二人の乗るトラックは町を離れ王宮へと向かっていた。 「これから王宮での生活か...... 一体、どんな生活になるんだろうね?」トキロウはこれから始まる王宮での生活に期待と不安を募らせている様子だった。

 「......」セラは何も言わなかった。

 これから二人にはどんな運命が待ち受けているのか?

 トキロウとセラ...... 

 二人の冒険はこれからも続いていく......





「催眠聖女 ローザ・フェアリー」(最終話)完



 第一章 終
















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